米農家が始めた米粉専門スイーツ店

米粉スイーツ専門店「コメコロールズ」実は前身となるお店がありました。そのお店も米粉スイーツ店。「Ceemo4」という名前で営業していました。
実はその店、立ち上げたのはパティシエでも料理人でもない、農家が始めた店だったのです。

農家だった古賀(旧Ceemo4)は当時人気の米農家でした。
伊勢丹のコメ販売コーナーにも陳列され、全日空マイレージの対象商材にもなり、毎年6t~7tくらは出荷するような人気農家だったんです。



米粉スイーツ専門店「コメコロールズ」実は前身となるお店がありました。そのお店も米粉スイーツ店。「Ceemo4」という名前で営業していました。
実はその店、立ち上げたのはパティシエでも料理人でもない、農家が始めた店だったのです。

農家だった古賀(旧Ceemo4)は当時人気の米農家でした。
伊勢丹のコメ販売コーナーにも陳列され、全日空マイレージの対象商材にもなり、毎年6t~7tくらは出荷するような人気農家だったんです。



米粉との出会い

当時は減反政策の真っ最中。

地区ごとに減反目標があり、昨付面積を縮小することを余儀無くされた古賀は考えました。
その為、大豆や小麦ではなく米粉用の加工の米粉の製造にふみきりました。

米粉はパンやお菓子にもなる。小麦アレルギーの人も増えてきており、小麦より米粉の方が人々の役に立つと考えての事でした。
当時米粉という言葉はまだあまり広まっておらず、米の粉といえば上新粉。和菓子につかわれる位のものでした。
ところが、その目論見は大きく外れます。米粉の認知度が低すぎるあまり全く売れませんでした、

なんとか売り先を探したいがそもそもの需要が少ない。
なんとかならないかと色々と見て回っている際、米粉を配合したパンの店は多いけれどもスイーツを販売している店がない事に気付きます。

「使ってくれるところがないのであれば自分で使うしかない」
そうして自ら米粉のスイーツショップの立ち上げを決めました。







当時は減反政策の真っ最中。

地区ごとに減反目標があり、昨付面積を縮小することを余儀無くされた古賀は考えました。
その為、大豆や小麦ではなく米粉用の加工の米粉の製造にふみきりました。

米粉はパンやお菓子にもなる。小麦アレルギーの人も増えてきており、小麦より米粉の方が人々の役に立つと考えての事でした。
当時米粉という言葉はまだあまり広まっておらず、米の粉といえば上新粉。和菓子につかわれる位のものでした。
ところが、その目論見は大きく外れます。米粉の認知度が低すぎるあまり全く売れませんでした、

なんとか売り先を探したいがそもそもの需要が少ない。
なんとかならないかと色々と見て回っている際、米粉を配合したパンの店は多いけれどもスイーツを販売している店がない事に気付きます。

「使ってくれるところがないのであれば自分で使うしかない」
そうして自ら米粉のスイーツショップの立ち上げを決めました。







グルテンフリーの気付き

調理経験ゼロだった古賀。なんとかパティシエを探しだし2013年6月に念願の米粉スイーツショップ『Ceemo4』(シーモフォー)をオープンさせます。

当初は大口の卸売りもあり、順調に運営。そして何より小麦アレルギーを持つお子さんがいらっしゃる方の喜びの声が古賀の背中を後押しします。「なかなか食べさせてあげられる美味しいスイーツがなくて、探して買いに来ました!」福岡や長崎、熊本といった遠方からわざわざお越しいただく方も多く、こんなに困っている人がたくさんいらっしゃる事に気づかされます。

グルテンフリーという言葉に出会ったのもその時です。



調理経験ゼロだった古賀。なんとかパティシエを探しだし2013年6月に念願の米粉スイーツショップ『Ceemo4』(シーモフォー)をオープンさせます。

当初は大口の卸売りもあり、順調に運営。そして何より小麦アレルギーを持つお子さんがいらっしゃる方の喜びの声が古賀の背中を後押しします。「なかなか食べさせてあげられる美味しいスイーツがなくて、探して買いに来ました!」福岡や長崎、熊本といった遠方からわざわざお越しいただく方も多く、こんなに困っている人がたくさんいらっしゃる事に気づかされます。

グルテンフリーという言葉に出会ったのもその時です。



グルテンフリースイーツ専門店『コメコロールズ』

ただ如何せん素人の経営。徐々に右肩下りになっていきます。スタッフも一人減り二人減り・・・ついにはパティシエも去っていきました。なんとか店を継続すべく古賀は自分で作り始めます。農家パティシエの誕生です。


そんなこんなでなんとか営業継続したものの、米作りの余裕が無くなり、店に専念する事になってしまいます。結果米作りを断念せざるをえませんでした。

ただ、最初の頃のお客様の喜びの声や感謝の手紙がどうしても忘れられない。

一度店を畳んで新たな店として生まれ変わり、一からやり直そう。
そうして新店舗『5x5rolls (コメコロールズ)』が誕生したのです。

ただ如何せん素人の経営。徐々に右肩下りになっていきます。スタッフも一人減り二人減り・・・ついにはパティシエも去っていきました。なんとか店を継続すべく古賀は自分で作り始めます。農家パティシエの誕生です。


そんなこんなでなんとか営業継続したものの、米作りの余裕が無くなり、店に専念する事になってしまいます。結果米作りを断念せざるをえませんでした。

ただ、最初の頃のお客様の喜びの声や感謝の手紙がどうしても忘れられない。

一度店を畳んで新たな店として生まれ変わり、一からやり直そう。
そうして新店舗『5x5rolls (コメコロールズ)』が誕生したのです。